夢と希望を持ち続けて

はじめて人生の道のりを歩んでいる私たち1人1人に灯火がありますように

本の話の続き

Posted by 瀬那みき on   0 comments   0 trackback

こんばんは。
瀬那みきです。

今日も前回に引き続き、話題はカエサルです。
しばらく辛抱してください。

カエサルはローマのシステム改革を実施するため、従来までの元老院体制をいわばぶっ壊しまして、独裁者として絶対権力を手中にしました。

そんなカエサルも過去には弁護士になろうと考えたようです。ただ、弁護士として身を立てることには失敗し、これによって金持ちになり、政界進出を計ることはできませんでした。

それどころか、カエサルは莫大な借金をしていました。

政界進出前におけるカエサルの借金の費消先は、まず書物でした。
当時はパピルス紙に筆写した巻物でしたから高価なものでした。
因みに第章ではなく第巻とするのもその名残です。
長い巻物を切断して紙の束にし、とじて一冊の書物にすることを最初に考えたのはカエサルでした。しかしカエサル考案の造本はローマ人の趣向にあわなかったようで、その後は中世の修道院がこの造本方法に注目し、復活し、現代に至っているのです。

次の費消先はおしゃれでした。白い布地をまきつけるだけのトーガの素材にこだわり、そのベルトの締め金、紅のマントを左肩で留めるブローチなどの装身具、高価な染色など、凝れば凝るほどお金はかけられました。

最後は、女性達へのプレゼント攻撃。まあいつの時代も変わらぬものはあるようですが、借金してまでもプレゼントするとは、モテるためというよりは、単に女性に喜んでもらいたいがために贈ったのではないでしょうか。

政界進出後においては、アッピア街道の修復工事、フォロ・ロマーノの拡張工事、剣闘試合の派手なプロデュース、例えば剣闘士たちが身につける腕鎧を銀製にしたり、本来国費で賄われるものを、自費で行い、自ら熱中し、元老院のお偉方が眉をひそめることになりました。金持ちが公共事業を自費で行うことは当時のローマでは伝統でしたが、カエサルは政治的に業績もなく、多額の借金をして、これらを行ったのです。他に選挙運動費もありました。

借金は身を滅ぼすと考えるようなカティリーナのような人(前回ブログご参照のこと)もいれば、そうは考えないカエサルのような銀行泣かせな人もいるわけです。

借金が少額のうちは債権者が強者で債務者は弱者というものですが、額が増大するやこの関係は逆転します。それは多額の借金は、債務者にとっての悩みの種というよりも債権者にとっての悩みの種になるからです。
不良債権として忘れ去るには多額すぎるため、債務者が破滅しないように借金取りに押しかけられて遠征に立つこともできなくなっていたのを、返済保証することで発てるようにしたのはクラッススでした。
このカエサルより14歳年上のクラッススは、父の代から大金持ちでしたが、彼の代にはそれが国家予算の半ばもの数字に達していました。

そのカエサルもクラッススから借りることも無理になってきました。
クラッススはパルティア遠征(パルティア王国は、西はユーフラテス河、北はカスピ海に接し、南はペルシア湾、東は現代のアフガニスタンを境界とする現代のイラクとイランあたり)にて惨死したのです。
パルティア

莫大な借金を返済するのに、強奪は無理、税で吸いあげるのも限界があり、奴隷を売っても足りないとなれば、カエサルは一体どこで財源を確保したのでしょうか。

注目に値するのは、カエサルの「ガリア戦役」(現代の南仏を除いたフランス全土、ベルギー、ルクセンブルグ、オランダ南部、ドイツの西側、スイスを含む一帯)が進むにつれ、彼のふところ具合がよくなってきたことでした。それはなぜなのでしょうか。
ガリア

経済人は古今東西関係なく、新市場の開拓には敏感なものです。
カエサルは軍事的に制覇したガリアをローマの商人たちに開放したのです。ただし、苦労して制覇したガリアの地での通商利権は、年ごとの契約による恒常的収入をもくろんでの方策であったようです。利権はいったん手放せばそれを手にした人の自由放縦にされてしまう危険がありますから、これに政治的介入をし、詳細な統治システムをつくり税制まで定めて、いわゆるピンはねをしたのです。
経済復興のためとはいえ、新市場を開拓中の経済人からリベートを取ることは、収賄罪にあたるのですが。

重税を課さずに金持ちになる道を開発したおかげで、カエサルの経済状態は、この時期から恒常的に改善され、人に貸すほどまで金回りがよくなったということです。

カエサルは、キケロの借金のように、ローマの一等地に豪邸をもったり、イタリア各地に8つもの別荘を購入したりはしなかったのです。カエサルの不動産の関心は公共事業ばかりで、自分の墓さえ建てなかったということです。

カエサルのことを読み進めていますと、この、文章力があって、演説が上手くて、政治手腕があって、戦争をやらせれば圧倒的不利な条件下であっても勝利して、部下を大事にし慕われ、女性に優しくて、ユーモアのセンスがあって、とまあ、非の打ちどころがないくらいの完璧さに、もうたくさんです、というような感じになりました。

人間誰しも、2つ3つコンプレックスがあって、それに悩みつつも陰で日々努力をしている、そんな姿にも美しさがあるものです。
カエサルももちろん多大な努力、犠牲を払ってのことでしょうが、わたしが天の邪鬼のせいなのかもしれません。

ところで、ラテン語でアルテス・リベラーレス(リベラル・アーツ)つまり教養科目を教える教師と、医者にローマ市民権を与えると決めたのはカエサルです。

ローマ市民権授与とは、人種、民族、宗教を問われることなく、ローマで職務を遂行出来るということのほか、安全保障もされ、直接税も免除されるという利点があったのです。また、ローマ法という私有財産権保護と個人の人権保障を柱とする法システムによって守られ、裁判なしで処刑される怖れもなかったのです。

教師、医者の職業の重要さを歴史上はじめて認めた人は、カエサルだったのです。

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