夢と希望を持ち続けて

はじめて人生の道のりを歩んでいる私たち1人1人に灯火がありますように

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Posted by 瀬那みき on

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ブログ雑感

Posted by 瀬那みき on   0 comments   0 trackback

173年ぶりでしたっけ。
金環日食は。
映像をネットでは見ましたが、実際現場で観測できた方々は結構盛り上がっていたようで、こういうイベントはやっぱり楽しんだもん勝ちだよね、などと聞こえて来、現場で楽しめなかった私としては、少々悔しい気持ちが致しました(ほんとに?)。

さあ、慣れればなんとかなるさ、のノリで新しい環境(本ブログ)に突入です。
私と同じく、gooブログからFC2ブログへ移行された方のブログをたまたま拝見しました。
理系出身の方らしく、文体がいかにも理系ですという雰囲気で、文系出身者の私としては味気がなく読みにくい文章だったのですが、両者のブログ比較が緻密になされていて圧巻でした。
その分析にもある通り、gooブログサイトにも捨てがたい機能があったので、スムーズに移行ができなかったのです。

ブログに限らず、他のSNSも盛況なようです。

サイバースペースという空間を与えられたとはいえ、書いている内容は現実世界から全くかけ離れることはできず、地味な素材を自分なりに選択し、加工して表現しています。
ブログの書き方講座なんていうのがありますが、どんな内容なのか興味はあるものの、私は今のところ受講することはないでしょう(受講したほうがいいんじゃないの?)。

最近のリフレッシュは音楽鑑賞にブログ鑑賞が加わりました。
いろいろな方のブログを拝見させていただきますが、内容は様々で、夢の話から日常の赤裸々な告白までまあ、読んでいて飽きなく、時間があっという間に過ぎ去ってしまいます。
投稿者も閲覧者もブログを通して、共感し、誰にも相談できないことを言える(書ける)のが、いいのでしょう。
そういえば、いじめで悩んでいた中学生が同じような境遇のブログを読んで、登校拒否が直ったという記事を読んだことがあります。

カトリック教会では、神父様に罪を告白したり(正しくは神様に罪を告白することで、神父様は媒介者ですね)悩みを聞いてもらう「告解」(プロテスタントの「懺悔」と似たようなもの)という制度があって、私もお世話になったことがあります。

神父様は絶対にバラさないと信じて、真剣に悩みを相談したものでした。
因みに、告解をする部屋は映画に出てくるような狭くて、暗い部屋で、黒い網戸越しに神父様と会話するのではなくて、普通のテレビや家具のある部屋で対面してお話します。

神父様も普通の格好をしていらっしゃることもありますし、たばこやパイプを吸いながらフンフンと聞いていらしたりもしてました(初対面の方にはそのような対応はないと思います)。

こういった場合は聖書のどこを読めばよいのかの指摘を求めたりしたこともありましたが、聖書を読むよう指導されたことはなく、ひたすら私の話を聞き、ときどきコメントを入れてくれるだけでした。
それだけなのに、告解の後は、最後まで話を聞いてもらえた、よかった、と晴れ晴れとした気持ちになったものでした。

人に悩みを打ち明けることができれば、悩みのいくらかは自然に解消されてしまいますよね。
誰にも言えない悩みなんてよく言いますが、本当は誰かに言いたい悩みだってあるかもしれません。

ブログも似たような機能を果たしているように思いました。





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