夢と希望を持ち続けて

はじめて人生の道のりを歩んでいる私たち1人1人に灯火がありますように

語り継ぐ戦争

Posted by 瀬那みき on   0 comments   0 trackback

こんばんは。
瀬那みきです。

1931年9月18日満州事変の発端といわれる柳条湖事件がありました。

時代と共に戦争体験を語り継ぐ方々も少なくなって参ります。
体験談を読みますと、どれも非常に鮮明に生々しく当時の状況を伺うことができます。
敗戦後、負けた悲愴感よりも暗闇から解放されたと喜んだ人がいた一方で、旧満州国では、先生が女学生に自決用の青酸カリを渡し、危険を感じたらこれを飲むよう指示をしたそうです。
幸いこの方は服用を免れたようですが、先生の指示と当時の状況下では、早まって服用してしまった学生もいたのではと推察されます。

現在戦争体験を語り継ぐべく、これらの方々は新聞等の投稿や講演等依頼があることと思われます。
これに快く応じ、当時の体験を蘇らせ、お話しくださることは大変ありがたいことです。

しかし、これらの体験はどれも悲惨なもので、戦後67年経過した現在まで1日も忘れることができなかった記憶であり、1日もはやく葬り去りたい記憶であった筈なのです。
楽しい記憶ならいつでも、いつまでも考えていたいでしょう。
しかしこの苦しみの記憶をこれまで長期間背負ってここまで生きてこられた先人の方は、こんな苦しみを味わうくらいなら、いっそのこと戦地で命を落とした方がよかったとさえ思うのではないでしょうか。
私達が、先人の方々のお話を伺う、或いは依頼するときはこのことを心得ておかなければならないでしょう。

このことは東日本大震災でも同様です。
家族や知人、住み慣れた家を失ったのは一瞬の出来事でしたが、これから先、どんなに強い意志を保っても、明るい未来を示されたとしても、一瞬の悲惨な出来事が記憶から消されることはないのです。

被災された人、私達の子どもや孫の世代が成人し、未来の日本において、震災当時となんら変わるところがない現状をみたとしたらどうでしょうか。
先人たちは震災から一体何を学んだのか、なぜ飽きもせず同じ誤りを繰り返しているのだろうか、と思われない自信が今の私達にあるでしょうか。
ちょうど、私達が太平洋戦争に突入し、終戦に手間取った先人たちの意思決定に不可解さと疑問を感じるように、後世の人たちは同じような眼で私達をみることにならないでしょうか。

頭で認識できる通り行動できるほど私達は賢くないのです。
理念や理想が高ければ、それだけ困難も大きく、挫折の可能性は高まるものです。
一時の崇高な理想に高揚し、判断を誤ることは避けなければなりません。
しかし理想がなければ、私達の生きる意味は禽獣と相変ることはないのです。

私達は、絶えず行う自己の言動と決定に繰り返し疑問を投げかけ、それが結果としてたまたま正しいものであったとしても、次回も同様に正しさに達する保証はなにもないのだということを心に止め、真理を探究する困難さを身に受けつつも、真理自体を疑うことのないようにしなければならないのです。

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