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秋田の聖母マリア様の奇跡

Posted by 瀬那みき on   0 comments   0 trackback

秋田の聖母マリアの奇跡とは、カトリック修道院聖体奉仕会の聖母像の右手から血が流れたことや、汗のようなものが流れ、そこから芳香をはなったというものです。その他にも同会所属のシスター笹川の左の手の平に、出血を伴う十字架の傷が現れたこと(聖痕)やこの聖母像から3つのお告げを授かったというものです。

人間の涙のような水が流れたのは1975年1月4日から1981年9月15日まで101回にわたりました。当時の新潟の伊藤司教は4回これを目撃し、2回この水をなめてみたところ、塩辛く、人間の涙のようだったと述べています。
その後秋田大学法医学教授により人間の体液であることが証明されました。人間の体液が、目からだけ涙のように流れること、数年間に100回以上にわたり、大勢の人の目前で流れたのですから、トリックや人間の仕掛けでないことは確かなことです。もし自然現象でないとすれば、次のことが考えられます。
1超能力による
2悪魔のしわざ
3超自然現象による

超能力を働かせるためには、本人がそれを意識しなければならないとのことです。
まずシスター笹川に超能力があったのではと疑われるのですが、実際はシスターが眠っていたときも、そのことを全く意識していないときも、聖母像からは涙が流れていたのですから、超能力によるとは考えられないのです。

悪魔のしわざということについては、仮にそうならば悪い結果が出なければならないのですが、ガンやその他の病気が奇跡的に治ったというよい結果がでているのです。

では、なぜこのような現象が起きたのでしょうか。これは聖母像から発せられたシスター笹川の聞こえない耳で受け取られたメッセージと関係があるのです。

最初のメッセージは、1973年7月6日の朝、光に包まれた聖母像から声がありました。
「私の娘よ、私の修練女よ、すべてを捨ててよく従ってくれました。耳の不自由は苦しいですか。きっと治りますよ。忍耐してください。手の傷はいたみますか。人びとの罪の償いのために祈ってください。ここの一人ひとりが、私のかけがえのない娘です。聖体奉仕会の祈りを心して祈っていますか。さあ一緒に祈りましょう。教皇、司教、司祭のためにたくさん祈ってください」

第二のメッセージは、同年8月3日(金)でした。
「私の娘よ。私の修練女よ、主を愛し奉っていますか。主をお愛しするなら、私の話を聞きなさい。これは大事なことです。そしてあなたの長上に告げなさい。
世の多くの人々は主を悲しませております。私は主を慰める者を望んでおります。天のおん父のお怒りをやわらげるために、罪人や忘恩者に代わって苦しみ、貧しさをもってこれを償う霊魂を、おん子とともに望んでおります。おん父がこの世に対して怒り給うておられることを知らせるために、おん父は全人類の上に大いなる罰をくだそうとしておられます。御子とともに何度も、そのお怒りをやわらげるよう努めました。おん子の十字架の苦しみ、おん血を示して、御父をお慰めする至愛なる霊魂、その犠牲者となる集まりをささげて、お引きとめしてきました。祈り、苦行、貧しさ、勇気ある犠牲的行為は、おん父のお怒りをやわらげることができます。あなたの会にも私はそれを望んでいます。貧しさを尊び、貧しさの中にあって、多くの人々の忘恩、侮辱の償いのために、改心して祈ってください。聖体奉仕会の祈りを心して祈り、実践して、贖罪のためにささげてください。各自の能力、持ち場を大切にして、そのすべてをもって捧げるように。」

第三の最後のメッセージは、同年の10月13日
「愛する娘よ、これから私の話すことをよく聞きなさい。そしてあなたの長上に告げなさい。
前にも伝えたように、もし人々が悔い改めないなら、おん父は、全人類の上に大いなる罰をくだそうとしておられます。そのときおん父は、大洪水より重い、今までにない罰をくだされるに違いありません。火が天から下り、その災いによって、人類の多くの人々が死ぬでしょう。よい人も悪い人と共に、司祭も信者とともに死ぬでしょう。生き残った人々には、死んだ人々をうらやむほどの苦難があるでしょう。
そのとき、私たちに残る武器はロザリオとおん子の残された印だけです。毎日、ロザリオの祈りを唱えてください。ロザリオの祈りをもって、司教、司祭のために祈ってください。悪魔の働きが教会の中にまで入り込み、カルジナルはカルジナルに、司教は司教に対立するでしょう。私を敬う司祭は、同僚から軽蔑され、攻撃されるでしょう。祭壇や教会が荒らされて、教会は妥協する者で一杯になり、悪魔の誘惑によって、多くの司祭、修道者がやめるでしょう。特に悪魔は、おん父に捧げられた霊魂に働きかけております。たくさんの霊魂が失われることが、私の悲しみです。これ以上罪が続くなら、もはや罪の許しはなくなるでしょう」

シスター笹川の聞こえない耳は、1982年3月25日と5月1日にシスター笹川に、天使のような方から予告があり、聖霊降臨の主日(1982年5月30日)完全に癒されました。

司教とシスター笹川は10年以上のつきあいがあったようですが、シスターは正直で明るい普通の女性で、異常性格者とは考えられないとのことです。従ってメッセージはシスター笹川の想像か幻想の結果とは思われないとのことです。
またその内容においても、カトリック教義に反するものではなく、現代世界の世相を考えるとき、このような警告に思い当たる点が多々あるのではかと思うと述べられています。


この秋田の木製の聖母マリア様から発せられたメッセージを読んで私が率直に思いましたことを最後に書きます。
まずこのメッセージは、すべてが一言一句違わずマリア様から発せられたものではなく、調査会の意訳が混入しているものだということです。

また耳の聞こえないシスター笹川がマリア様のメッセージをどのように認識したのか明らかではないということです。
もし何らかの仕方で認識した場合メッセージの伝達が言語によるものならば、マリア様は日本語で述べられたのか、ラテン語で述べられたのか、また発声法は共鳴していたのか、囁き声だったのかということも不明な点です。

シスター笹川は耳がまだ聞こえる時期に、妙高高原の修道院でカテキスタ(洗礼志願者に対しキリスト教教理の指導をするもの)として勤務していたとのことです。
そうだとするとラテン語知識は皆無であったとは考えにくいのです。

秋田の奇跡現象の頃は、ニセ聖痕現象が世界各国で発生していた時期ではありますが、このような現象の検証にあまり積極的でない国内のカトリック関係者の姿勢を垣間見た気が致します。

ですが、マリア様の祈りを求めるメッセージは痛切で、祈りの重要性を改めて認識いたしました。
マリア様のご意向に沿う祈りをお捧げするものでありたいと願っています。

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