夢と希望を持ち続けて

はじめて人生の道のりを歩んでいる私たち1人1人に灯火がありますように

VN旅行記

Posted by 瀬那みき on   0 comments   0 trackback

1975年ベトナム戦争におけるサイゴン陥落以後多くの難民が国外に亡命しました。
ボートピープルの多くは富裕層でしたが、劣悪な環境下におかれ多数の犠牲者を出しました。
日本政府はボートピープル上陸激増のため、長期滞在難民に自活または出国の契機を与えるため国際救援センターを設置しました。

日本のカトリック教会はこれまでも多くの難民の保護と救済のため活動を行ってきましたが、その団体の責任者がほとんど外人修道者だったのです。
難民対策の経験の蓄積がないため、インドシナ難民対策も試行錯誤によって種々雑多な措置の集積であったのです。

1986年ドイモイ政策採択後ベトナムは発展し、今や高度成長期を迎え世界で最も幸福な国第2位にまで回復しました。

私も遂にそんな時代背景をもつベトナムホーチミンに行ってきました!

空港に到着してのち、つい最近運行した観光客向けの49番シャトルバスに乗り、ドンコイ通り近くの滞在ホテルまで途中渋滞がありましたが約30分180円で行きました。
親日国で人は親切ですから、通りを歩いているだけで日本語で声をかけられます。
アプリで学習したベトナム語で丁寧に断っても、日本語でどこまで行くの?乗っていかないとバイクで後をついてきます。

目抜き通りであるレロイ通りとパスター通り一部は地下鉄工事中で、狭い道には人やバイクで溢れ、道脇ではプラスチックの椅子に座って食事をしたり、路面店があったりともうごちゃごちゃです。
交通規則はあってないようなもので、信号敷設は不十分で、あっても壊れていたり、青信号の横断歩道を渡っていても警笛を鳴らされて横切られたりします。
歩道をバイクが走るのは普通なので、目当てのベンタイン市場まで行くのにこれらの障害をかわして行かねばならない為一苦労です。
排気ガスが尋常でないため、予め準備しておいたマスクは大活躍しました。

気温は35度湿度は高めですから、少し歩いただけで水分補給する必要があります。
国営デパートラッキープラザでミネラルウォーターを30円位で購入。
ドンコイ通りの街並みはかつての表参道の同潤会アパートを彷彿させるような反面、通りをはさんで向かい側は新宿のゴールデン街のようであったりと、もうなんでもありの感がありました。

翌日の朝はバイクの騒音と鶏の鳴き声で目を覚ましました。
その日はボートピープルの多くが華僑だったその地であるチョロン中華街へ市営バスで行きました。運賃は30円。

チョロンの凄さは予想していましたので、事前にしっかりと昼食をとり、水分も十分補給し、水も持って行きました。車中から中華街の風景が見え出し始めたのでここがチョロンだとすぐに分かりました。しかしなかなか停留所に到着しないのです。7,8分走ってようやく停留所に到着、そうチョロンは予想以上に広かったのです。

チョロンの街並みはドンコイ通りの街並みの混雑さをさらに圧縮したような街。
車中から眺めているだけで十分お腹いっぱいになりましたが、ここから車外へ放り出されるとなると果たして生還できるか早くも不安感がよぎりました。
そこは19世紀へタイムトリップしたかのようなベトナムの風景でした。ありとあらゆる食材の路面店が道路にひしめいていて、ホーチミン市街にはあまりないプラスチック製の商品のお店がドン・キホーテ顔負けに並んでいました。そのお店の間を洪水のように押し寄せるバイクの波。
観光客が地図をみながらウロウロしていたら事故率60%と勝手に判断。
目当てのチャタム教会へ到着するとここもバイクと人で一杯。集会でも行っているんだろうかと、出ていけとも言われないので写真をとって早々に退散しました。

さあ何とかホテルまで帰らないととバス停を目指しますが、バイクの波にのまれて中央分離帯で立ち往生してしまいました。そこへ痩せたおじいさんがバイクの波の中を歩いてこちらへきました。おじいさん、ひかれちゃうと思いきやバイクもちゃんとよけて走る、ならば私もとバイクの波に飛び込み無事対岸へ横断することができました。

ホーチミン市内に戻った時は、ここの混雑さはチョロンに比べれば生ぬるいものだと思いました。

ベトナムの食事は口に合いましたし、コラーゲンが豊富なためかお肌はツルツル、髪はしっとり艶々になりました。
ベトナム料理以外も食べたくなり、ハンバーガーのお店に入りましたが、出されたケチャップがベトナムの味でした。

ベトナム語アプリ通りに話してもなかなか通じなかったのが残念でした。
アプリの音声を聞かせても分からないとされてしまったので、次回はもっと学習しなければなりません。

お店では丁寧な接客をされ、もっと沢山買い物をし、注文すればよかったと後悔しました。

同じアジアなせいか、安心でき、心の落ち着き場所があったようで、ホテルでも機内でもぐっすり眠ることができました。

地下鉄が整備された後にまたベトナムには足を運びたいと思わせる、よい旅ができました。

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