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Posted by 瀬那みき on

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小江戸散策

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休みの日に川越の小江戸へ、明治の趣深い耐火建築の蔵造りの街並みを散策してきました。

まず本川越駅から歩いて程なくこの昔ながらの低層の街並みエリアにおいて電線が全くないことに驚きました。この時代に一般家庭に普及していなかった電気が時代を変える契機の1つだったことを目の当たりにしたのでした。
江戸時代に建てられた時の鐘、重要文化財の大沢家住宅など観光スポットを目当てに日本人ばかりでなく世界各国から観光客が詰め掛けていました。
人力車に乗って蔵屋敷の前で写真撮影をしている光景はまるで日本人がピラミッドの前でラクダに跨って写真撮影をするかのようです。

川越大火(1893)後、蔵造りが採用されたとのことですが、それ以前は日本人の家屋は板や藁で覆われた木造です。
江戸時代の街並みをみた外国人、とりわけキリスト教の宣教師は何を思ったのでしょうか。
日本の燃えやすい住宅事情を目の当たりにして、これは容易に征服できるなと思ったのでしょうか。

事実は全くの逆で宣教師たちは、日本は到底征服できないと繰り返したのです。

大航海時代は日本が初めて世界にゆさぶられたときでした。
このとき世界経済の中心の「西欧」とそのまわりの「辺境」とがあって、辺境とは価格の低い商品を生産する広大な土地と奴隷を提供するものでなければならなかったことから、日本は辺境ではないとされています。

日本は土地が狭くて痩せているから征服しても意味がなかったから助かったのかもしれませんが、そればかりではないのです。
日本人は剃刀のように鋭利で重い短刀と太刀をもって歩き、武器の扱いがうまくて好戦的だから征服できない、と思われたのかもしれませんが、そればかりでもないのです。

日本を視察した宣教師は、修道会の総会長へ以下のように報告しているのです。

彼らはきわめて礼儀正しい。貴族ばかりでなく一般庶民や労働者も驚くべき礼儀をもって上品に育成され、あたかも宮廷人のようである。人々は有能で、すぐれた理解力をもち、子供たちは我らの学問や規律をすべてよく吸収し、ヨーロッパの子どもよりもはるかに容易に、短期間にわれらの言葉で読み書きを覚える。

木造の家屋は、清潔でゆとりがあり、技術は精巧で、屋内にはどこにも畳が敷かれているので清潔であり調和が保たれている。
彼らの言語はもっとも優秀なものであり、きわめて優雅であり、ラテン語よりも語彙が豊富で思想をよく表現する。日本語は種類が多く優雅なので習得するには長い時間が必要である。これにより日本人の才能と理解力がいかに大いなるものであるかがわかる。

日本人はきわめて忍耐強く、人間としてのあらゆる苦しみや不自由を耐え忍ぶ。
彼らは心のなかにある感情を抱いても、それを外にあらわさず、怒りを抑えているので、争ったり、罵ったりすることがなく、表面は平静を装って、書面を送るか、洗練された言葉で話し合うし、家や国から追放されたり、殺されたりすることがあっても、平然と立派な態度で運命を甘受する。
この点については我々は理解もできないし、信じることもできない。
このように柔和で忍耐強いという点では、日本人は他国人に秀でていることを認めざるを得ない。

このようなことから彼らは我々とは反対の事柄の中に堅く腰をすえていて、いかなる点においても、われらのほうに順応しようとしないので、我々の方があらゆる点で彼らに順応しなければならない。このことはわれわれにとってははなはだ苦痛だが、もしそれをしなければ、彼ら(日本人)の信用を失ってなんらの成果もあげることはできないだろう。

武力によって征服し、手っ取り早くカトリック信仰を宣布することは、キリスト教の志すところとは反対のことです。
そのようなことをすれば信頼と名声を失い、多大の蹉跌を招くことになると言っているのです。

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