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憲法と法思想について

Posted by 瀬那みき on   0 comments   0 trackback

今日は、憲法について改めて考えてみますね。

憲法前文には、人類普遍の原理に則り、内は民主主義の理想を実現し、外は平和主義の理想において、平和を愛好する諸国民と協力して国際社会内において果たすべき重大な名誉ある役割が宣明されています。

ここで強調したいのは、憲法が自然法の思想を大胆率直に表明しており、これが民主主義と平和の基礎付けとなっているということです。

自然法とは、国家の定めた制定法や社会生活の中に長年慣行されてきた慣習法即ち人定法以外に、その基本となり、その上に位し、その指針となるところの、人間が理性の光によって認識し得る上位の法源を認める思想です。

この自然法思想は、17、8世紀の自然法説または天賦人権説に限られるものではなく、ギリシャ、ローマ及び中世を通じて現代まで存在しているところのものです。
我が国の学会においては、法実証主義の傾向が優勢で、明瞭に自然法を主張する学者は極めて少ない状態です。
ただ憲法が自然法を承認する立場をとっていることが、前文及び基本的人権の本質に関する規定(憲法11条乃至代13条)から疑いを容れないこと、自然法の立場において憲法の基本的な理念や原則を矛盾なく説明することができるのです。

自然法の諸原則は抽象的、包括的なものであり、その多くは実定法化されて、社会生活を規整しているのです。
例えば「殺す勿れ」という自然法の原則は、刑法の殺人罪に関する具体的な規定や、民法の不法行為による損害賠償の規定となって具体化しているのです。自然法は実定法と対立するように考えられがちですが、自然法の多くの原則は、刑法、民法、憲法の実定法の中に具体化されて現存しているのです。
例えば、所有権は自然法上の権利だといっても、憲法の認めているように、その内容が公共の福祉に適合するように定められ、またそれが正当な補償の下に公共の福祉のために用いられ得ることを否定せず、このような社会的制約もでてくるのです。

憲法において国民が全力をあげて達成を誓っているところの崇高な理想は、国内・国際両方面において共通しているのです。

法は平和秩序といわれ、すべての社会生活は法によって平和が維持されるのです。

ただ国際社会はその現状において国内社会ほど組織化が進んでいないために、原始社会における法的状態のように自力救済的要素が優位を占めているだけなのです。

自衛戦争は国内法の正当防衛の概念に該当するものです。
戦争の問題について、侵略戦争が正当防衛を逸脱する不法行為的乃至犯罪的性格のものである点については、軍国主義者でない限り異議のないところです。

憲法の精神が国際社会に関し無政府状態または暴力の支配する弱肉強食状態を是認するものでないこと、国際社会も国内社会と同じく、またはさらに第9条の反面として我が国は他の方法により自己の安全を保障しなければならないこと、現実の問題としては国際連合の集団的安全保障を求める権利があり、これに協力する義務を負うのです。
集団的安全保障への加入の目的は、侵略戦争に関係することではないのはもちろんのこと、自衛のみでもなく自衛と他衛とを含む国際社会における平和と秩序の維持に貢献することであるのです。

自由諸国圏の立場としては、民主主義の理念が自国のみならず、世界において行われなければならないことを確信してはいるものの、その目的の達成については侵略と征服の方法を排斥し、平和な手段によることをその主義としています。
ですから自由諸国にとっては自衛戦争または集団的安全保障による実力の行使があるのみです。
従って諸外国の側から侵略にでてこない限りにおいて平和は維持されるわけなのです。
自由諸国の立場において、武力をもって民主主義をひろめることは、その本質に矛盾することになるのです。

憲法の理念を個人が内心において容認するかどうかは、個人の良心に関する問題として当然影響をもってくるのです。
とくに憲法を擁護することを職責とする裁判官および憲法の精神に従って指導する教育者について、彼らといえども一私人として思想の自由の保障を享受しますが、その職務の性質上、ある種の制約の下に立つのです。

それらの方々は、一般国民が憲法によって自由を保障されているという受動的立場にあるということにとどまらないで、進んで憲法を擁護し、その精神を普及するという能動的な活動をする任務を負わされているのです。
もし憲法と全く正反対の世界観的立場に属する場合に、自己の世界観に従って行動すれば、それは適切にその職責を果たしたことにはならないのです。

なぜなら彼らは憲法から独立ではありえないからです。
またもし自己の世界観を度外視して、自己が否定する憲法の世界観に則って行動するならば、良心の矛盾を痛感せざるを得ないのです。

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