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いじめについて

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こんばんは。
瀬那みきです。

米倉涼子さんが英語の猛特訓を経てブロードウェーミュージカル「シカゴ」デビューとのこと。
ここのところ暗いニュースばかりの中、明るいニュースを提供してくれました。


さて、今日はいじめについて皆様と共に考えてみましょう。
いじめを受け、自殺をしてはじめて、いじめについて学校が考える、当該生徒がいじめを受けていることは周囲は分かってはいたけれども、見て見ぬふりをする、それも立派ないじめだったと後から反省する。
深刻な問題です。

学校現場だけでなく、社会に出てからも、いじめはあります。
人間社会の中、いじめのないところはないのかもしれません。

いじめられて行き場を失い、、最後の対抗手段として、あるいは最後の逃げ場所のようにみえる死を選択する前に、選択肢はなかったのでしょうか。
学校を卒業すれば、いじめは止むと、考えなかったのでしょうか。

相談する相手がいなくても、自分で考える、自分で行動する、とりあえず出来ることをやってみる、効果がなかったら次に行く、戻ってやり直してみる、しばらく静観するなど対処方法はあるにはあります。
これしかない、と決め込むのは頭の中でしかないのです。

耐えがたい状況の中、人間はどの位いられるでしょうか。

キリスト教信者はこれまで沢山の迫害を受けて来ました。
キリスト教の歴史は迫害の歴史といっても過言ではありません。
彼らは信仰を捨てるように命じられ、拷問で脅されても信仰を守りました。
その結果、拷問は益々エスカレートし、やがて死に追いやられました。

キリスト教を捨てた信者もいました。
彼らは表向きはそうでしたが、本当はキリスト教を捨ててはいませんでした。
やがて、キリスト教が公認され、晴れて教会を訪れ、喜んでマリア像にお参りに行きました。

この2つのキリスト教信者の異なった選択は、いずれも信仰を守るためのものです。

私達が経験したこと、これから経験することのほとんどは既に過去に経験されたことです。
しかし、過去の事実そのものは現状を突破する答えになりませんし、実際過去に私はなく、現実に存在するのは今の私なのです。

答えは、私達の中に、隠され、埋め込まれていると考えられないでしょうか。

一緒に、がんばりましょう。


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